すずこ(すっちゃん、と私は呼んでいる)。リラックスすると舌を出す。

20190615すずこ1

頭を起こしかけたので「ん?起きるのかな?」と思ったら。。。

20190615すずこ2

眠いのね(笑)

20190615すずこ3

 

てんまるは昼間は私のベッドで寝るのが日課。

20190615てんまる1

すやすや。

20190615てんまる2

態勢を変えて、又眠る。。。

20190615てんまる3

 

 

干しシイタケとちぎりこんにゃくの煮物。こういうジジむさいおかずがおとーは意外と好き。

20190615煮物

大根とカボチャと虎豆のサラダ。

20190615サラダ

ブリの塩麴焼き。おとーがダイエット中なので、なるべく低カロリーの食事を心がけています。

20190615ブリ

 

 

 

14歳の帰り道、車でさらわれた。あれが「魂の殺人」だと、今の私は思わない
6/11(火) 18:04配信

20190615三浦瑠麗さん2

20190615三浦瑠麗さん1

 

国際政治学者の三浦瑠麗さんが、過去に受けた性暴力や長女の死産の経験を綴った自伝を出版した。孤独だったこと、傷ついたこと、それが自分の人生にどんな意味を持ってきたのかということ。【BuzzFeed Japan /小林明子】

(中略)

「死ぬのだろうな」

14歳、中学3年生のとき、小説を読みながら帰宅していた三浦さんは、後ろから寄ってきたバンに乗っていた男たちに声をかけられた。

《あとはあまり覚えていない。覚えているのは痛みと、死ぬのだろうな、という非常にリアルな感覚だけだ。私の頸に手をかけたそのうちの一人ののっぺりとした眼つきが醜くて気持ち悪く、せめてもっと楽な死に方をさせてもらいたかった。少なくとも一人は知っている顔だったと思う。・・・・》

(中略)

私は、すべてを自分で消化することでしか救われなかったんです。

絶望を重ねたときに、それでも自分を愛せるのか。無理解な他人を愛せるのか。あるいは自分だけの被害体験に閉じこもらずに、より普遍的な善意を持ちうるのか。つまり、それでもなお人を信じられるのか。自分の存在に意味はあるのか。そういうことをずっと考えてきたんです。

(中略)

一度、傷を負ったら人生は終わりだ、ということもない。仮にそうなのだとしたら、今この瞬間、性的暴行の被害に遭った少女は何を思うのでしょう。

私の人生は台無しになったんだ、これから数十年間の人生はあるけれど、もう生きている意味はないんだ。そう思わせてしまう可能性はありませんか?

(中略)

「レイプは魂の殺人なんだ。だから一生、苦しむものだ」と洗脳するような、脅迫的な接し方では、被害者を救うことはできません。

魂の殺人だと思っていいし、私もそう思い込んで消えてしまいたかった時期もあります。でも、それは社会の通念や価値観をそのまま受け入れていたからでもあるし、そのときに理解してくれる人が現れなかったからでもあるんです。

その後の人生を通して、処女性なんていうものには、何の価値もなかったのだとわかりましたから。そもそも「汚れる」って一体なんなんだろうと。

私は、理解ある夫を得たという点では恵まれていたかもしれません。そして「強くなる」ことができた。でも、それは私が自分の受けとめた物事から目をそらさない生き方を選んだからであって、はじめから強かったわけではありません。

私が経てきた道程は、けっして私ひとりのものではなく、多くの女性の道程と重なる部分もあるはずだと思っています。

(中略)

たしかに暴行事件は陰惨なものでした。私の場合は特に。でも、比較にならないくらい、その後の人生のほうが豊かであり、かつ痛みも伴ったし、ずっと手応えがあったよ、ということなんですよね。

(中略)

女であることと性的暴行のあいだに因果関係があるかと言えば、それはあるだろうと思います。けれども、それは責任とはまったく無縁のものなのです。性的暴行の責任を被害者の存在や振る舞いに求めるのは、いくばくかであったとしても、間違っています。

《夫に出会ったとき、伴侶として語り合ううちに彼が私に言ってくれたことがある。帰責性と因果関係を混同したらだめだ。あなたという存在には、他者の支配欲を呼び起こす原因はあるが、だからといって責任はない。ああ、あのときにそう分析して私に語ってくれる存在がいたらよかったな、と切に思うのである。

(「初めての経験」より抜粋)》

《少なくとも、救えない子なんていないのだ、と私は思いたいし、大なり小なり誰だって傷を抱えて生きているのだ、とも思う。あなた自身を、出来事や外部に定義させてはいけない。あなたのことはあなた自身が定義すべきなのだから。

(「孤独を知ること」より抜粋)》

(中略)

この本に書いているのは私のやり方でしかありませんが、自立を求めること、自分を愛せるようになること、他人を愛することによって、そういうつらさはかなり緩和していったからです。

つらさの連鎖や、世代を越えた継承ではなくて、つらさの克服や愛の継承が必要なのではないでしょうか。最終的に幸せになっていくんだよ、という人生観をあのとき私に与えてくれる人がいたとしたら、もう少し、生きやすくなったんじゃないかな。

それが、あのときの私や娘や、いま十代を過ごしている女の子や、これから生まれてくる子たちに、時を超えて届けたかったことです。

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何日か前にこの記事を読んで、泣きそうになってしまった。

女性だったら誰もが自分の女性性を煩わしく感じたり、傷ついた(と思った)り、
実際にレイプとまではいかなくても、目で、言葉で、不快さを感じることってある。
社会に向かって断罪していくことも大事だが、
同時に自分が救われないと意味がない。

 

 

強くなる」ことが出来たのは「あなたが強いから」(という世間のことばに)に対して
それは私が自分の受けとめた物事から目をそらさない生き方を選んだからであって、はじめから強かったわけではありません。」との三浦さんの言葉があって、
世の中って不思議なもので、強く生きようとする者に対して風当たりが強い。

スティグマ(傷跡)によって一生悲しみのどん底にいる女性に対して、
強く乗り越えた女性よりも世間は心を寄せるんだよね。。。
スティグマ(傷跡)を消すことを許さないのは実は社会なのであって、
それは私たちが意識を変えていくことでスティグマ(傷跡)自体を何の意味も持たなくさせることも可能なのではないか?
・・・・って私は思うのです。

 

と、同時に性犯罪の罰則はもっともっと重くするべきだとは思いますよ。

 

むかーし若い頃、
「性犯罪者の性器なんてちょん切っちゃえばいいんだー」
って当時のボーイフレンドに言ったら、
「そんなん可哀想~」
ってニヤニヤされながら返されて、
そんときにその男にほんとに嫌気がさしたし、
同時に「あー、世の中って男社会なんだなー」ってのを実感した。
それから30年近く経過したけれど、世間の意識は少しは変わってくれただろうか。。。
(今でもその男がそんなフザケタ言い方していたらぶん殴ってやる)

 

 

この三浦さんのご主人さんが賢い方のようで、
『…帰責性と因果関係を混同したらだめだ。あなたという存在には、他者の支配欲を呼び起こす原因はあるが、だからといって責任はない。』
と三浦さんに言ってくれた、とあって、
私たちホメオパスがよく使う『感受性』という言葉を、
なるほど世間に通用するように理知的に表現するとこんな風になるのか、と、大変参考になりました。

つらさの連鎖や、世代を越えた継承ではなくて、つらさの克服や愛の継承が必要なのではないでしょうか。最終的に幸せになっていくんだよ、・・・
との三浦さんの言葉も「それって“マヤズム”克服法だよね」としみじみしたり。(-_- )ウンウン
悲しみや不幸を抱え込むと、人は苦しみを手離さず自分に対して復讐しようとする。
自分が幸せになるのを赦そうとしない。

 

最終的に幸せになっていくんだよ
・・・この言葉を信じて私たちは生きていきましょうよ。。。

 

 

では。